「人類の目指す未来」

草稿としてここでもうpしていた人間論エッセイが完成したので、掲載します。(実は2週間前にできてましたが、忘れてました・・・) 思い切って書いたとはいえ、さすがにスケールが大きすぎます。よかったら読んでください。

「人類が目指す未来」

人類。ヒト。ホモ・サピエンス。哺乳類の一種。

今日までに私たち人類がここまで高度な文明を築くことができたのは、言うまでもなく高度に発展した科学と技術によるものが大きいといえます。(そして、これからも科学と技術は発展を続け、私たち人類の生活を豊かにし続けることでしょう) また、その発展のベースとなったものは、サルからの進化の中で習得した二足歩行によって道具が使えるようになったこと、というのは一般的に広く知られている事実です。しかし、それ以上に大きな役割を果たしたものがあります。

言語です。

例えば、ある道具の使い方(動物の骨を武器にするなど)を一人の原始人が発見したとしましょう。骨を武器に使う程度の話なら、身振り手振りで仲間に教えて伝えていくことは何とかできるでしょう。しかし、火の起こし方や狩りの作戦立てなどになると、言語の助けなしに意思疎通を行うことは決してできません。つまり、誰か一人が画期的な技術を思いついても、他の仲間に伝えることができなければ、その一人が死ねばその技術はそのまま消えてしまうのです。つまり、言語で仲間や子孫に技術やノウハウを伝えていくことによって、人類が世代を超えて連続的に進歩していくことが可能になったのです。この点が、人類が他の動物と異なる決定的な要素なのです。

もちろん、「言語」という言葉はあくまでも広い意味での定義であり、実際には文字や図や絵などのあらゆる伝達手段が含まれます。それらの手段は互いに影響しあいながら発達し、複数が組み合わさることで新たな手段が生まれることもあります(例:絵+文字⇒図) 文明・文化・化学・技術などのあらゆるものの伝達手段たる言語の助けによって、人類の生活は豊かになってきたのです。

ところが、正確には先ほどの「人類が進歩する」という表現は適切ではありません。というのも、進歩したのはあくまでも技術であって、人間そのものは何も進化したわけではないからです。もちろん、便利になる社会の中において体にもある程度の適応による変化は見られますが、DNAに関わる根本的な変化が起きたわけではないのです。

このことは、もしも今までの積み重ねてきた科学と技術が一気に消え去ったらどうなるだろうか、という疑問を自分自身に問いかけてみるだけですでに明らかでしょう。今の豊かな生活は、私たち人類そのものが進歩した成果ではなく、あくまでも世代ごとに少しずつ発展していった科学と技術の上によって生み出されているものなのです。ですから、「人間だ!」といって威張っている私たち自身は、あくまでも単なる一匹の哺乳類であって、実のところ何も偉くないのです。本当に偉いのは、これまでに積み上げられてきた文明―すなわち科学と技術、そしてその発展を根底から支えた言語です。

一言で表せば、文明が人類を乗り物にして進歩してきたのです。それは、広い意味での「情報」が人類に乗って伝わってきたともいえます。

若干の論理的な飛躍をしてしまいましたが、乱暴に言ってしまえばこのことは大体正しいのではないでしょうか。

人類が積み上げてきた文明の成果が、現在の爆発的な人口増加と繁栄です。しかし、この繁栄の流れは地球という限られた空間と資源の中で、頭打ちに近づきつつあります。人類が更なる繁栄を望む限り、次に進出する先は地球の外、宇宙になるのです。

まず最初に進出するのは、月でしょう。アポロ計画以降は誰も訪れていない土地ですが、今世紀前半には基地が完成して定住する者が現れるでしょう。この時点では、地球との連絡のタイムラグも1秒程度であり、地球の延長上、文字通り地球の「衛星」として発展するでしょう。したがって、月で独自の文化が発達するとしてもその違いはそれほど大きくはならないでしょう。

しかし、火星や木星土星の衛星にまで多くの人間が移住すると、話は違ってきます。地球とのリアルタイムでの会話は不可能になり、資源が自己調達できるようになれば、支配側である地球から独立する流れが強まるでしょう。数百年というわずかな期間で、地球とは大きく異なった価値観や文化が生まれてくるに違いありません。これは、移住先だけで起こる問題ではなく、地球の文化にも影響を与えます。当然ながら、言語や宗教などの、人類が古くから慣れ親しみ、伝えてきたものも大きな変化にさらされるでしょう。

このような、人類の発展を支えてきた文明、広い意味での「情報」が大きく変わる時期が、早ければ今世紀中にも始まるのです。これから数百年で起こる変化は、産業革命から20世紀までの変化さえも超える大きなものになるでしょう。

やがて、太陽系を越えて、他の恒星系にも人類が移住するときがやってくるでしょう。異なる恒星のまばゆいばかりの青い光の下で暮らす私たちの遠い子孫は、はるか彼方の太陽と地球を見て何を思うのでしょうか?

人類の宇宙への進出を考えるなら、「異星の知的生命体との遭遇」についても考えなくてはなりません。

今のところ、太陽系には知的生命体どころかバクテリアがいるかどうかすら怪しいという状態です。とはいえ、銀河系だけでも数千億もの恒星があるのですから、広い宇宙に人類のような知性を持つ生命体がいる可能性は、十分にあると考えられます。それどころか、銀河系一面にあらゆる種族が暮らしていることすら考えられます。

彼らとの「ファーストコンタクト」がいつになるかは分かりませんが、その時には人類のあらゆる世界観や価値観が変化してしまうでしょう。しかしながら、実際にどのようなことが起こるのかを具体的に想像するのは難しいことです。それほど、地球という小さな惑星の上でこの世の支配者のごとく威張っているだけの今の人類には、到底及びもつかない話なのです。

さて、遠い未来の宇宙まで行ってきたところで、今の人類に戻りたいと思います。

私が思うに、人類の発展のために持つべき視点は、より広いものでなくてはなりません。数年ではなく数百年や数万年というタイムスケール、日本やアメリカではなく火星やエウロパという天体、朝鮮人アメリカ人ではなく、同じDNAを持つ「人類」。他星の知性という得がたい仲間。

始まったばかりの2000年代という時代に、私たち人類に最も必要なことは、無益な内輪もめを止めて、「外」へ視線を向けることです。進出の過程で問題は多くあるとしても、それを打ち消して余りあるだけの繁栄が得られることでしょう。科学と技術の発展は、無限の可能性を生み出すのです。

人類の明るい未来へ!



最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。

実は、このエッセイ、やすいゆたか先生(「哲学と人間」の講師です)のネット雑誌「プロメテウス」第2号にも掲載していただいています。下のURLにジャンプして、Enterで入ったら、上から8番目の「人類の目指す未来」が自分のエッセイです。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~yasui_yutaka/yasuiyutaka/prometheus2.htm