南アルプス南部縦走 8/31・1日目(鳥倉〜三伏峠)

悪夢のような8月後半だった。一面の曇り空と日光の当たらない日々が何日も続き、秋を思わせる寒さとなった。待ちきれずに出発した北アでは、初日の雷鳥沢で大雨にたたられ、週間予報も大幅に悪化したため敗退。実際にその後は下界でも連日の天候不順。悲しいとか悔しいというよりは、天気だけはどうしようもないという無力感でいっぱいだった。

何ヶ月も前から心の中にあった、遥かなる南アルプス南部の山々。写真を見ては頭から離れない、悪沢・赤石・聖の重厚な三大ピーク。どうしても今夏のうちにこの目でその光景を見たかった。

そして、8月も終わりに近づいた頃、ついに予報が好転し始めた。気圧配置図にも動きが見られるようになってきた。これ以上はもう待てなかった。鳥倉への登山バスは8月末で終わってしまうのだ。

意を決しての出発だった。



8月末日、久々の青空が広がった。天気予報もなかなか悪くない。期待とともに出発する。

鳥倉登山口へのバスは伊那地方から出発する。具体的には、中央道松川インターか飯田線伊那大島駅で乗ることになる。中央道と中央本線は、名古屋と塩尻・松本を結ぶことでは同じなのだが、中央道が伊那谷を通るのに対して、中央本線木曽福島を通る。鉄道で伊那谷を通る路線は飯田線なのだが、関西方面からだと非常に大回りになってしまい、新幹線と特急を使ってもバスには間に合わない。

というわけで、今回は名古屋まで鉄道で行き、名古屋から高速バスに乗って松川インターまで行くことにした。これが意外と安くて、JRとバスを合わせて自宅最寄り駅〜名古屋〜松川で合計4200円。1回分残っている青春18きっぷは帰りに使うことにした。


名古屋までは慣れた路線だ。新幹線を使っても大して時間短縮にはならないので、いつものように在来線を乗り継いで移動する。名古屋駅の改札からバスターミナルまでは徒歩5〜10分ぐらいである。

名鉄バスターミナルは思ったより新しく、地下鉄の駅に近い雰囲気である。松川インター周辺は何もないと聞いていたので、ここで昼食用のおにぎりとサンドイッチを買っておく。

夕方の便は満席マークが出ていたのだが、この便は乗客5人程度という閑散ぶりだったw おかげで非常に快適に過ごせた。出発日が睡眠不足なのはいつものことなので、ここぞとばかりに居眠りをするzzz

伊那谷に出た後は、車窓右手を食い入るように見つめる。その方向に南アルプスがあるからだ。さすがに午後とあって山沿いに雲が湧き上がっていたが、その間から稜線をわずかに望むことができる。しかし、距離が遠いので前衛山脈と南ア主脈はよく見分けることができなかった。

松川インターには定刻どおりに到着した。周りに民家や駐車場やトイレはあるが、コンビニや商店は全く見当たらない。名古屋で買ったおにぎりとサンドを食べながらバスを待つ。



太陽と青空がまぶしい。2週間ぶりにやっと夏が戻ってきた。

やってきたマイクロバスに乗り込み、登山口へ向かう。乗客は10人ほどで、ほとんどが塩見岳を越えて北岳を目指す縦走を予定していた。

思いのほかカーブや凹凸が多く、食事の直後ということもあって若干酔ってしまう。塩の里で途中休憩があったので、そのときに深呼吸をすると気分はだいぶよくなった。大河原からは鳥倉林道に入り、かなりの山道となる。普通のバスでは到底登れないぐらいの急傾斜もある。車窓から南ア主稜線が見えるようになると、終点は近い。2時間半ほどかけてやっと到着である。鳥倉登山口。いやぁ、本当に長かったw

(この鳥倉登山口の標高は1800mであり、南アの登山口の中では北沢峠(2000m)の次に高い。その次は広河原(1500m)だが、稜線までの標高差が1500m以上あるためかなり厳しい。それ以外だと、畑薙(1000m)、易老渡(800m)、奈良田(800m)などであり、北アと比べると軒並み登山口の標高が低いことが分かる。そしてどの登山口も総じてアクセスが悪い。このことが南アの不便さ、そして奥深さを象徴している)

今日の登りは三伏峠までの標高差800mである。コースタイム3時間。ゆっくり歩けば順調に到着できるだろう。登山届を書き、準備を整えて14時半に出発した。天気はくもり。初日の登りには最適である。

さて、今回の荷物は水抜きで22.5kgである。今日の水は1.5Lほどなので合計24kgほど。明日の出発時は25kgを越えるだろう。この重さはレトルト食料を大量に積んでいることによるものなので、今後日ごとに軽くなっていくだろう。




三伏峠までは、展望や名所があるわけでもなく、これといった特徴の無い道である。しかし、気持ちは複雑だった。主脈縦断のところを南部縦走に縮小したものの、南アの地に立っていることは変わらない。うまく行けば明日には雲上のトレイルを歩けるのだ。そんな喜びの一方で、左足小指と右膝には不安を抱えていた。少なくとも今日のところは問題なかったが、足のトラブルは総じて下りで起こるものである。気は抜けなかった。

6月の鈴鹿山行のときと同様、数回の立ち休憩を挟みながら歩き、結局一度もザックをおろさずに三伏峠まで登りきった。思ったより早く着くことができた。(この重さになると、一度降ろしてしまうと担ぎなおすのが大変なのだ)


テント場に荷物を置き、先に水を汲みに行く。北アだと天水をリッター200円で買うのだが、南アなら少し下ればおいしい天然水が汲み放題である。森林限界が高いおかげで、この標高でも森と土が水を蓄えてくれるのだ。

ここの水場は若干遠い。ゆっくり歩いて行き10分・帰り15分といったところか。水はじゃぶじゃぶ出ている。そして、自宅で汲んだ水道水と味比べをしてみると・・・


うまい!!!!!


文字通り「水が違う」。雑味が全くなく、口当たりがとてもやわらかい。加熱や添加物など一切抜きの、森で濾過されたままの正真正銘の「南アルプスの天然水」である。

もちろん所詮は水であるから、単体で飲めば「こんなもんか」と思ってしまうかもしれないが、水道水と比べればその違いは明らかである。おそらくペットボトル詰めのミネラルウォーターと比べても違いは分かると思う。

(当方生粋の「水派」であり、冷蔵庫にはいつも水道水をボトルに入れて冷やしてあるし、学校に行くときも魔法瓶に入れるものはお茶ではなく水道水と氷である。出先で飲み物が欲しくなればミネラルウォーターを買う。この習慣は元をたどれば「貧乏性」から来ているのだが、そのおかげで水の味には随分とうるさくなってしまった)


戻ってテントを張り終える頃には、だいぶ暗くなってきていた。店とは自分を含めて全部で4張だった。学生団体と思しき賑やかなテントが1つあった(彼等とは結局聖平までずっと同じテント場だった。この日は話さなかったが、高山裏と聖平で親交を深めさせていただいたw)

夕食はペペロンチーノパスタ、コーンスープ、パン1個。すっかり暗くなっていたので写真はありませんw

(今回持って行ったパンは麦入りの食卓ロール。賞味期限が割と長いのでこれにした。食後にコッフェルに残ったものを拭いて食べればとてもおいしいし、ロールペーパーの節約・ゴミの節減につながる便利なアイテムである)


高速バスの中では猛烈な眠気だったのだが、いざ夜になってみるとずいぶんと寝つきが悪かった。昼に眠く夜に目が冴える下界型の生活リズムから抜けられていないのだ。途中から雨も降り出し、フライシートをたたく音がうるさくてちっとも寝付けなかった。寝袋が暑かったのも一因だが、雨で濡れると非常に厄介なのでシュラフカバーから出すことはできなかった。やはり丸一日行動しないと心地良く眠ることはできないらしい。


ところで、雨が降れば、当然地面を水が流れる。そのときに「ポタッ、ポタッ」と規則正しい音がするのはごく自然なことだが、その夜聞こえてきたのは、なにやら不規則な音で、まるで人が歩くような音だった。最初は、「あれ、こんな時間に塩見方面から誰か到着か?」とか「おっと、もしかしてこれは心霊現象(笑)とかいうやつか?w」などと思ったのだが、よく聴いてみるとその音は全く移動しないし、音色も変化しないので、すぐに雨水の流れる音だと分かった。

ちなみに僕はいわゆる唯物論の支持者なので、心霊現象とかは全く信じない人です。俗に言う「霊感が強い」というのも慣れない場所での感覚過敏や恐怖感による幻覚。その他実際に起こったとされる「心霊現象」も必ず物理的な原因があるものだと信じています。(ただし必ずしも現状の科学技術で説明可能とは限らない) 死者の怨念がどうしたとか、そんなので物理現象が起こることが証明できればそれこそノーベル賞ものです!w


ようやく雨が止んだ後もしばらく寝付くことができず、結局4時間か5時間ぐらい眠れない苦痛をたっぷりと味わった後、諦めた頃にやっと落ちていたらしい。まったく初日はいっつもこのパターンだ。